こんまり流の片づけ本を片手に、家中の片づけをしていますが、何気なく「断捨離」と言う言葉を気楽に使っていました。
そういえば「断捨離」は、やましたひでこさんが創った造語。本家本元はやましたひでこさんなのに、その意味があいまいなまま使用していたのです。
それは、やましたさんに失礼に当たるのではないか?と気づき、改めてやましたさんの「断捨離」本を拝読。
驚くべき事実が発覚したのです。
それは、こんまりさんとやましたさんでは「片づけ」の定義が全く違うってことです。
その違いとは?
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こんまりさん、やましたひでこさんの「片づけ」の違いとは?
まず、こんまりさんの「片づけ」とは?
ものを捨てる→ものの定位置を決める
こんまりさんは、ご存じのように「ときめき」の達人。自分が「ときめく」ものだけを残して後は捨てます。そして更に、「ときめき」を意識してしまうまでを「片づけ」と定義しています。
一方、やましたひでこさんの「片づけ」とは?
必要なものの絞り込み作業であり、それ以外のものを捨てる
ここまでを「片づけ」と定義しています。こんまりさんの「ものの定位置を決める」は、やましたさんだと、「整頓」にあたります。
どっちがどうというわけではありませんが、この大事な「片づけ」の言葉の定義をあいまいなまま使っていたことにかなりショックを受けました。
それ以外にも、こんまりさんとやましたさんの「片づけ」に対する違いをご紹介しますと、
ものを捨てる基準、こんまりVSやましたひでこさん
ものを捨てる基準を、こんまりさんは、
自分が本当に「ときめくも」のだけ残す
に対して、やましたさんは、
そのものを自分が今、生きた関係かどうかを問い取捨選択していく行動
としています。
こんまりさんが、「ときめく」という感覚的な定義なのに対して、やましたさんは、哲学的な定義をされています。
「片づけ」のメリットや効果、こんまりVSやましたひでこ
「片づける」ことで得られるメリットや効果に対し、2人の考えをご紹介します。
こんまりさんは、
自分の判断に自信がもて、自分のことを好きになります。自分の好きなこと、ときめくことがわかってくると、本当にやりたいことが見えてきます。自分の人生を心から楽しめるようになります。
一方、やましたさんは、
モノの片づけを通して自分を知り、心の混沌を整理して人生を快適にする行動技術。自分発見・自己肯定ツール
だと語っています。
「片づけ」で得られるメリットや効果は、言い方は違いますが、お二人とも同じことをおっしゃっているようにみえます。
どちらも、「片づけ」によって、「自分自身を深く知り、自信が持て、好きになる」と言っています。
「片づけ」するなら、こんまりさんVSやましたさん、どちら?
こんまりさんの「片づけ」ノウハウは、実践的なので片づけ初心者向けです。難しい理屈はほとんどありません。
「最初はここ、次はこれ、最終的にこうして」
と、マニュアルのように書かれています。
しかし、やましたさんの「断捨離」は、体系的で理論がしっかりありますので、「読んですぐに実践する」までになかなか至らないのではないかと思います。
こんまりさんは、中学校の教科書のようで実用的なのに対し、やましたさんの「断捨離」は、大学の教養課程で学ぶ哲学書のようです。
なので、片づけを始めるのならば、まずは、こんまりさんでやってみて、片づけに慣れた頃に、やましたさんの「断捨離」を読めば、「なぜ、片づけをやるのか?」「どうして捨てられないのか?」などの理解が深まります。
「断捨離」することは、自分自身の心と対話であり、本当の自分を発見していく「禅」の修行のようなものであるとわかってきます。
やましたさんは、「断捨離」を単にモノを捨てるノウハウではないと語っており、私も、「断捨離」は、その先にある心の世界に通じる旅のようなものだと思いました。
「片づけ」「断捨離」は、単なる家事では無く、自分発見のためのツール
こんまりさんの「片づけ」、やましたひでこさんの「断捨離」どちらも最終ゴールは自分自身の発見ツールです。
こんまりさんは「片づけ」によって、人生の「ときめき」を、やましたさんは「断捨離」によって、「ご機嫌」を取り戻すことを提案しています。
どちらも、自分自身がより快適に人生を楽しむことをゴールにしていますから、今の人生をレベルアップしたいなら、絶対にやって損は無いですよね。
毎日、自宅でできて、尚且つ、スッキリ片づいた空間と清々しい心が手に入りますから。
世界中が、「片づけ」そして「断捨離」ブームなのも頷けます。
参考文献
「人生がときめく魔法の片づけノート」扶桑社、近藤麻理恵
「新・片づけ術 断捨離」マガジンハウス、やましたひでこ